朝鮮人民軍地上軍(上)

 北朝鮮は、統合軍又は単一軍体制を取る国家で、別途の陸軍総参謀長や陸軍司令官又は地上軍司令官のような職責はない。統合軍体制ではあるが、自体で軍種(Service)を表示するときには、「人民軍陸軍」という表現を使用するようである。大部分の第3世界国家がそうであるように、地上軍が全体戦力において 占める比重が圧倒的で、人民軍地上軍は、人民軍そのものだと言える。

 人民軍地上軍梯隊中で最上級に位置する存在は軍団である。50〜70年まで集団軍という編制が存在したが、今の常設編制中では、軍団が最上級梯隊である。しかし、戦時には、軍団より上級の集団軍、前線軍又は前線司令部が設置される可能性は依然残っている。

 北朝鮮の軍団は、20個で構成されている。軍団の内訳は、前縁地帯正規軍団4個、後方地域正規軍団8個、戦車軍団1個、機械化軍団4個、砲兵軍団2個、平防司1個等である。

 軍団の下の梯隊としては、現役歩兵師団/旅団が33個(この内師団が約26個)、教導師団が37個、機械化歩兵師団/旅団が25個(大部分旅団の数字である。)、戦車師団/旅団が15個(大部分旅団の数字である。)である。

1)軍団の配置現況(結論導出過程は、軍団配置研究参照)

☞筆者は、昨年まで慈江道(鴨緑江上流)に10軍団、両江道(豆満江上流)に11軍団が駐屯しているものと推定した。しかし、ソウル新聞1996年12月10日付報道を見れば、脱北者である北朝鮮社会安全員崔ヨンホ氏が 会寧で豆満江を渡るとき、国境警備を担当する部隊が10軍団所属だと語ったことから、慈江道(鴨緑江上流)に11軍団、両江道(豆満江上流)に10軍団が駐屯しているものと判断を修正した。

☞新東亜2000年10月号に掲載された李チョンフン記者の「地雷除去DMZ、人民軍南侵ルートとなるのか?」という題目の記事を見れば、2000年中に北朝鮮の最前方軍団2個が位置を 入れ替えたという。米韓両者は、人工衛星でこれを捕捉できず、非合法的方法(工作員、協力者等)でこれを知ったという。李チョンフン(現週間東亜記者)の場合、過去文化日報、時事ジャーナル在職時代からの報道を分析してみれば、国内に幅広いソース網を持っている人物と考えられる。従って、北朝鮮軍団の位置が変更されたという彼の文は、信頼性があるようである。どの軍団が位置を変更したのかは、まだ公開されてなかった。

☞月刊中央2000年12月号は、「最精鋭425機械化軍団原隊復帰なく、DMZ付近残留」という記事において、平北定州に司令部を置いていた425軍団が2000年夏季訓練のため、江原道 高城一帯に前進配置された後、訓練を終了した後にも復帰していないと報道した。この記事が新東亜2000年10月号の北朝鮮前方軍団位置変更報道と関連したものか、さもなければ、別途の内容なのかは、公開された資料からは確認できていない。同じ時期に報道されたものを見れば、関連があるようだが、機械化軍団の移動状況だとすれば、人工衛星で捕捉できない訳がないことから、別途の事件と考えられる。記事が作成された2000年11月を基準に北朝鮮の第425機械化軍団は、平安北道 定州ではなく、江原道高城近隣に前進配置されており、今だ原駐屯地への復帰が確認されていない。

☞2000年12月に公開された2000年版大韓民国国防白書には、別に異なる特異状況がなく、1999年版国防白書とほぼ同一な説明をしている。

※地図は、大略的な駐屯位置を表示したもので、正確なものではない。

軍団駐屯地域

軍団名称 司令部所在地 管轄区域 備考
1軍団 江原道淮陽郡 休戦線東部 前縁地帯正規軍団、朝鮮戦争参戦
2軍団 黄海北道平山郡 休戦線中西部 前縁地帯正規軍団、朝鮮戦争参戦
3軍団 南浦直轄市江西区域 平安南道 比較的強化された後方正規軍団、朝鮮戦争参戦
4軍団 黄海南道海州市 休戦線西部 準前縁地帯正規軍団、朝鮮戦争参戦
5軍団 江原道伊川郡 休戦線西部 前縁地帯正規軍団、朝鮮戦争参戦
6軍団? 清津直轄市 咸鏡北道 95年に反革命事件発生、解体?、朝鮮戦争参戦
7軍団 咸鏡南道咸興市? 咸鏡南道 後方正規軍団、朝鮮戦争参戦
8軍団 平安北道定州市? 平安北道 後方正規軍団、別名工場教導隊、朝鮮戦争参戦
9軍団? 元山→清津? 江原→咸北 90年代以降確認、最近駐屯地移動
10軍団 慈江道江界市 慈江道 90年代以降創設、国境監視任務
11軍団 両江道恵山市 両江道 90年代以降創設、国境監視任務
12軍団 黄海北道? 黄海道後方? 90年代以降創設
?軍団 江原道? 江原道? 90年代中葉以降新たに確認
108機械化軍団 五老? 東部戦線第3梯隊乃至対上陸作戦及び予備
425機械化軍団 平安北道定州 対空挺防御及び対上陸作戦及び予備
806機械化軍団 江原道高城 東部戦線第2梯隊
815機械化軍団 黄海北道瑞興郡 西部戦線第2梯隊、強力な核心軍団
820戦車軍団 黄海北道沙里院市コブル洞 西部戦線第2梯隊、強力な核心軍団
620砲兵軍団 黄海北道新渓郡 西部戦線火力支援及び予備
江東砲兵軍団 平壌特別市江東郡 西部戦線火力支援及び予備
平防司 平壌特別市 平壌一円 強力な正規軍部隊

@前縁地帯正規軍団

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1軍団(江原道淮陽郡):軍団長全在善次帥

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2軍団(黄海北道平山郡):軍団長金格植大将(97年2月大将に昇進)

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4軍団(黄海南道海州市):軍団長朱相成大将(97年2月大将に昇進)

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5軍団(江原道伊川郡):軍団長金相鎬大将?(97年2月大将に昇進)

第1軍団長全在善次帥 第5軍団長金相鎬大将 第2軍団長金格植大将 第4軍団長朱相成大将(写真左から全在善、金相鎬、金格植、朱相成)

 北朝鮮では、休戦線付近地域を前縁地帯という。即ち、前縁地帯とは、韓国の用語で前方地域と似た意味である。前縁地帯軍団4個は、機甲/機械化軍団を除外した一般的な正規軍団中では最強と言える。ここで正規軍団という用語の「正規」は、機甲及び機械化軍団ではない通常の軍団(Conventional Corps)という意味である。

 1、2軍団の場合、朝鮮戦争開始当時から存在していた部隊で、4、5軍団も朝鮮戦争中に創設された伝統を有する精鋭部隊である。特に、1軍団と2軍団は、他の軍団より格が高く、有事の際に前線軍に格上げされる可能性があると推定する日本資料(軍事研究)もある。前線軍に格上げされる場合、1軍団長が東部前線司令官、2軍団長が西部戦線司令官を担当するものと予想している。

 軍団別の特徴を見てみれば、1軍団は、配置された地域の地理的な特性上、機甲−機動戦力が多少縮小編成されているものだと推定できる。第2軍団と第5軍団は、各々汶山側線と鉄原側線の出入口を掌握している軍団であることから、その戦力が強大なものと容易く推測することができる。

 4軍団の場合、前縁地帯軍団だが、DMZを直接管轄する部隊ではない。このため、4軍団の場合、他の前縁軍団と異なる特徴も存在する。例を取ると、師団軽歩兵大隊が設置された当時、4軍団所属師団は、他の軍団より はるかに遅れて軽歩兵大隊が設置された。そのようなことから、4軍団が他の前縁軍団より優先順位が常に劣る2線級軍団という意味ではない。4軍団は、攻撃が順調な場合、2軍団に後続するソウル攻略の主力部隊の中の1つとなり得るためである。帰順者及び脱北者達の各種証言を見てみれば、4軍団は、韓国海兵による黄海道海岸地域への上陸作戦に備える任務も有しているという。特に最近、第12軍団の創設により4軍団の負担が相当軽減され、有事の際、攻撃作戦に第4軍団を もう少し果敢に投入できる条件が造成された。

 1999年7月18日、連合通信は、「情報当局」の発言を引用して、1998年末、北朝鮮は、1軍団と4軍団に170mm自走砲と240mmロケット砲各々40余門を新たに配置したと報道した。各40余門、計80余門であることから、概ね1個砲兵旅団に該当する戦力が追加で配置された計算である。

 2軍団所属主要帰順者は、1989年9月に帰順した2軍団9師団所属金ナムジュン少尉がいる。

A中部地域正規軍団

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3軍団(平南):軍団長張成禹大将

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7軍団(咸南):軍団長?

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?軍団(江原):軍団長?

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12軍団(黄海):軍団長朱勝男上将

第3軍団長張成禹大将 第12軍団長朱勝男上将 90年代以降、中部地域に2個軍団(?軍団、12軍団)が創設され、防御縦深が相当強化された ようである(写真は、張成禹、朱勝男)。

 中部地域軍団中、3、7軍団は、全て朝鮮戦争中に創設された伝統ある部隊である。

 特に3軍団は、首都圏に近接した軍団で、比重が強くないものと推定される。3軍団の場合、前縁地帯軍団程度の戦力は備えていないが、他の後方軍団のような弱体軍団ではなかったようである。過去、一部日本資料において、3軍団を機械化軍団に分類したのも、全く根拠のない ものではない。ただ、最近に中部及び後方地域に数個の軍団が追加で創設され、主として防衛のための別途の正規軍団である平防司等が創設された状況で、3軍団の戦力も多少弱化した可能性がある。脱北者崔 チュファル上佐の証言によれば、北朝鮮において各級司令部にPC通信網を設置したとき、最初に 師範事業を実施した軍団が3軍団だったと語り、今も最もPC通信網が良く構築されているという(連合通信99年5月14日付)。

 7軍団も概ね51年前半期に東海岸元山一帯にUN軍の上陸作戦に対応する目的で創設された部隊で、53年頃には、東部戦線で実戦経験も有していた正規軍団だった。しかし、現時点では、駐屯位置上、戦力配分順位が多少劣ったものであることを容易く推定することができる。

 98〜99年版国防白書を基準に見れば、平壌と元山を結ぶ中部地域に今まで正体が確認されていない1個軍団が存在しているようである。過去、この地域に駐屯していた9軍団は、旧6軍団管轄地域である咸鏡北道地域に移動したものと推定され、代わりに単体ナンバー未詳の軍団が創設されたようである(今は、状況が明らかではない。)。

 第12軍団は、90年代中葉頃創設された軍団で、黄海道後方地域に駐屯している。第12軍団は、有事の際、前縁地帯軍団の南侵後、第2軍団や第4軍団管轄地域を警備する任務を 帯びたようである。この外に、有事の際、前縁軍団を支援する任務を担当することもあるだろう。

B後方地域正規軍団

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8軍団(平北):軍団長金容雄上将?(前8軍団長金相鎬は、97年上半期中、5軍団長に補職変更?)

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9軍団(咸鏡):軍団長?

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10軍団(両江):軍団長呂炳男上将

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11軍団(慈江):軍団長?

第10軍団長呂炳男上将 後方地域には、相当期間、6軍団と8軍団のみ駐屯していたが、90年代以降、2個軍団が新たに創設された(写真は、 呂炳男)。

 8軍団の場合、過去70年代には、別名工場教導隊と呼ばれる位、教導師団を集中的に保有した強力な戦略予備部隊だった。この地域に軍需工場が多いため、 軍需工場に勤務する若い予備役労働者を軍団予備戦力に吸収できたためである。しかし、最近、この地域に第10軍団(第11軍団?)が追加で創設されたため、8軍団の戦力も多少分散した可能性がある。特殊8軍団(軽歩兵教導指導局の前身)と8軍団の駐屯位置が似ており、両部隊を錯覚する場合があるが、全く異なる部隊 なので誤解なきよう。一部マスコミは、99年を前後して、8軍団が新たに創設され、偽装名称が「593大連合部隊」、司令部所在地は、平安北道塩州郡、司令官は、金容雄上将だと報道したことがある(韓国日報99年10月17日付)8軍団が新たに創設された ものだとする報道内容は誤りと考えられるが、他の内容は根拠がある内容と考えられる。筆者の考えでは、恐らく90年度中葉、第11軍団創設により8軍団の管轄区域が縮小され、8軍団司令部が移転したのを「創設」として報道したのではないのかと考えられる。

 8軍団までは、既に70年代の資料で確認されるが、9軍団及びそれ以降創設された軍団は、韓国側資料では、90年代以降から存在が確認されている。北朝鮮において新しい部隊を創設した後、韓国側がこれを確認するまで時間的格差が存在することから、9軍団の創設は、早ければ1980年代まで遡れるものと推定される。現職人民武力部副部長である呂春錫上将の経歴に対する国内マスコミのある報道によれば、第9軍団が1980年初めて創設されたとき、初代軍団長が呂春錫だったという(東亜日報1999年9月10日付)が報道が正確なものとすれば、9軍団の創設時点は、1980年となる。

 9軍団の場合、過去、江原道に駐屯したが、現在、咸鏡に移動したようである。98〜99年国防白書によれば、6軍団が解体された計算だが、恐らく、「6軍団クーデター説」と関連した措置であるようである。過去、6軍団が咸鏡北道に駐屯するとき、軍団司令部は、清津市に位置した。筆者は、6軍団がクーデターと関連して解体され、代わりに9軍団が旧6軍団駐屯地域である咸鏡北道に移動したものと推定している。

 内外通信に報道されたところによれば、10軍団と11軍団の場合、脱北者監視のための国境警備目的で95年末増創設が行われた部隊だという。正確な創設目的は分からないが、ともかく、この地域の軍団創設は、実質的な戦力増加というよりは指揮体系整理という次元で理解すべきだろう。

C機甲/機械化/砲兵軍団

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108機械化軍団(江原?咸南?五老):軍団長金明国大将

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425機械化軍団(平北定州):軍団長?

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806機械化軍団(江原道高城):軍団長?

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815機械化軍団(黄海北道瑞興郡松月里):軍団長?

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820戦車軍団(黄海道コブル洞):軍団長?

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620砲兵軍団(黄海北道新渓郡?):軍団長鄭浩均上将

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江東砲兵軍団(平壌特別市江東郡?):軍団長?

第108機械化軍団長金明国大将 第620砲兵軍団長鄭浩均上将 これらは、大部分80年代以降創設された新編部隊で、この内815機械化軍団と820戦車軍団が戦力が最も強い部隊と知られている。108機械化軍団、806機械化軍団の場合、過去、9、10機械化軍団と推定されていた部隊と同一体である(写真は、左から金明国、鄭浩均)。

 425機械化軍団は、対空挺防御乃至対上陸防御の役割を担当する軍団と見られ、戦略予備の役割も遂行できるようである。1999年9月、国会国防委国情監査関連報道によれば、北朝鮮425機械化軍団所属362機歩旅団、417機歩旅団、815砲兵旅団隷下歩兵大隊が99年4月から部隊位置を変更したことがあるという(大韓毎日新聞99年9月29日付)。2000年 夏、425機械化軍団は、訓練のため、江原道高城付近に前進配置されたが、訓練が終了した2000年11月現在までも、平安北道定州に復帰していない。この事実を報道した月刊中央2000年12月号は、425軍団が約3万名の兵力と200余台の戦車を保有していると説明した。

 108機械化軍団も、対上陸防御の役割と共に東部地域第3梯隊か、戦略予備の役割を遂行できるものである。108、425機械化軍団のような後方地域機械化軍団は、他の機械化軍団より弱体と推定される。

 北朝鮮機械化/戦車軍団の場合、3桁の単体ナンバーを持っているが、これが実際の単体ナンバーなのか、さもなければ、820訓練所のような偽装名称に過ぎないものなのか明らかでない(内外通信資料を見てみれば、偽装名称かも知れないというニュアンスを 漂わせている。)。

2)軍団の編制

@正規軍団 − 均衡の取れた戦力構造を持っているが、陸航戦力だけは不足

正規軍団編制表 左側の図表は、インターネットに公開され、国内でも話題となっていた米海兵隊情報局資料に出ていたものである。

 この図表によれば、正規軍団の主戦力は、歩兵師団5個、戦車旅団1個で構成されている。

 北朝鮮の正規軍団が計12個であることから、最小限60個歩兵師団が存在してこそ、この編制基準を充足することができる。

 国防白書99年版によれば、北朝鮮歩兵師団/旅団の総数は、33個に過ぎない。MB 98〜99年版によれば、北朝鮮歩兵師団の数字は26個で、独立歩兵旅団は3個である。

 結局、5個師団という編制基準を充足するためには、教導師団(予備師団)まで含める外ない。国防白書99年版によれば、北朝鮮教導師団の総数は37個で、MBによれば北朝鮮の予備歩兵師団は26個、予備歩兵旅団は18個である。

 結局、前縁地帯4個正規軍団(1、2、4、5軍団)の5個師団が全て現役師団だけで構成されていれば、後方正規軍団は、ただ1個の現役歩兵師団を保有するのも難しいという意味である。3軍団や12軍団のような中部地域正規軍団は 分からないが、8、9、10、11軍団のような後方地域正規軍団は、教導師団だけで編成されている可能性もある。

 軍団特殊戦力としては、狙撃旅団1個、軽歩兵旅団1個、偵察大隊1個が編成されている。北韓研究所から78年に発行した「北韓軍事論」には、軍団直轄部隊として「気球偵察隊」が編成されていると出ているが、この図表上には、「気球偵察隊」が出ていない。代わりに、70年代の資料には確認されていなかった「電子戦大隊」が新たに編制されたものと見られる。

 軍団砲兵戦力としては、2個旅団が出ているが、1個旅団は自走砲兵、1個旅団は多連装ロケット(北朝鮮名称放射砲旅団)と出ている。これは、70年代の資料と同一のものである。ただ、70年代の資料に出てくる160mm迫撃砲連隊は見えず、全般的な砲兵火力強化により、軍団直轄の迫撃砲連隊は解体されたようである。

 対戦車ロケット大隊が軍団直轄で編成されたことも、70年代と変化がない。その他工兵連隊、防空砲連隊、通信大隊、化学大隊、医務隊等は、基本的に70年代と差異がない。

 北朝鮮の正規軍団は、全般的に見ると、均衡の取れた戦力構造を持っているが、陸軍航空戦力が多少不足しているようである。この図表の編制基準は、前縁地帯に駐屯した正規軍団にだけ該当し、中部地域及び後方地域正規軍団の場合、この図表上の編制よりは戦力が かなり劣っているものと推定される。

A機械化軍団 − 類例がない独特な編制、軍団全体戦車保有数量が155台?

機械化軍団編制表 北朝鮮の機械化軍団は、機械化歩兵旅団5個を主軸に編成されている。この資料通りとすれば、軍団直轄の戦車旅団や大隊は存在しない。

 北朝鮮機械化歩兵旅団には、ただ1個の戦車大隊(31台保有)のみ編成されていることから、単純計算では、機械化軍団全体の戦車保有数量は、155台に過ぎない。これは、機械化軍団の戦車保有数量 としては、相当不足した数字という感じを消すことができない。155台ならば、事実上、機械化師団級の戦力に過ぎないためである。

 北朝鮮なりの軽量化された編制だと理解することもできるが、正規軍団の戦車保有数量と比較してみれば、必ずしもそうではないことが分かる。米海兵隊情報局の資料通りとすれば、正規軍団には、軍団直轄で戦車旅団1個が編成されており、歩兵師団にも戦車大隊1個ずつが編成されている。戦車旅団隷下には、戦車大隊4個ずつが編成されており、歩兵師団が5個であることから、正規軍団全体としては、戦車大隊9個が編成されている。計算してみれば、正規軍団の戦車保有数量は、計271台に達する。これは、機械化軍団の保有数量155台の約2倍に肉薄するものである。

 この図表通りとすれば、砲兵戦力は、自走砲兵旅団1個のみである。正規軍団にも編成されている放射砲旅団が機械化軍団には、編成されていないことが特徴である。

 軍団特殊戦力は、狙撃旅団は編成されておらず、軽歩兵旅団と偵察大隊のみ編成されている。

 防空砲兵の場合にも、防空砲連隊ではなく防空砲大隊として編成されており、工兵隊も工兵連隊ではなく工兵大隊級として編成されている。その他対戦車、医務、電子戦、通信、化学隊の編成規模は、正規軍団と同一である。

 全般的に見ると、この図表通りとすれば、北朝鮮機械化軍団の戦力は、相当制限的である。万一、このような編制が正確なものとすれば、このように編成した理由が何なのか考えてみるだけの問題であるようである。戦車保有台数が相当少ない点において、2次大戦式ソ連戦車軍団と類似するが、全般的な編制構成は、相当独創性が強いと言える。

B機甲軍団 − 戦車620台を含む各種装甲車両1,000余台以上保有した重武装部隊

機甲軍団編制表 北朝鮮の機甲軍団は、戦車旅団5個を主軸に構成されている。

 特異にも別途の機械化歩兵旅団や砲兵旅団は、編成されていない。

 戦車旅団は、戦車大隊4個と軽戦車大隊1個、機械化歩兵大隊1個、自走砲兵大隊2個で構成されることから、軍団全体としては、戦車大隊20個、軽戦車大隊5個、機械化歩兵大隊5個、自走砲兵大隊10個で構成される。

 結局、軍団全体の戦車保有数量は、620台、軽戦車保有数量は200台、装甲車両215台、自走砲180台という 가공할 数値に達する。機械化軍団の戦車戦力を相当軽量化させた代わりに、機甲軍団に全ての力量を集中した計算である。北朝鮮の正規軍団は、相当均衡の取れた戦力構造を 持つのと比べて、機甲軍団と機械化軍団は、果たして軍団単独作戦が可能なのかと思うくらいに極度に不均衡な戦力構造を持っている。北朝鮮の機甲軍団は、ただ1個に過ぎないことから、この編制表は、 そのまま820戦車軍団の編制である。

C砲兵軍団

砲兵軍団編制表 砲兵軍団は、北朝鮮の外には、旧ソ連軍編制 でしか探し出せない特異な編制である。北朝鮮の砲兵軍団は、放射砲6個旅団と自走砲6個旅団で構成されている。機甲軍団や機械化軍団と同様に、砲兵軍団も度を越して特化した編制形態だと言える。

 

 

 

 

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最終更新日:2003/06/22